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書体への誘い10 宗歩好 <そうほごのみ>
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関東の名人駒の影響を受けて 私の得意としている書体のひとつが、この「宗歩好」である。それは別項の「名工の轍・奥野一香」で、取り上げた日本将棋連盟所蔵の「関東の名人駒」と称されている「宗歩好」(奥野作)に影響を受けて、作るようになったのがきっかけである。 |
■「宗歩好」の由来
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玉方・詰め方の駒数が、閏年の月の大7・小6を表しているという説が有力。他には、斜め2線のラインが大小の刀という見方も。
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上写真の盤面は、天野宗歩が作ったとされる詰め将棋である。「される」とあいまいに書いたのは、『読売新聞』の観戦記者であった菅谷北斗星氏が、昭和16年(1941年)に発見し発表したものだ。ただし、それまで宗歩の詰め将棋は、何も残されていないとされていたから、これが本物とはいえないらしい。
発見された図には、「嘉永五壬子歳 大小詰物 玉方之駒大 詰方之駒小 平安天野宗歩」と但し書きがあり、持ち駒の記載はなかった。
私はこれまでも将棋に関することは、駒をはじめとして何でもやってきたが、詰め将棋だけは最も苦手な分野である。その芸術性やすごさには魅かれるものもあるのだが、実際に難解なものを解いたり作ったりは、とてもではないがついてはいけない。
第191作の「宗歩好」を並べたこの詰め将棋は、チャレンジする気には毛頭ならない。ご覧になっている方で、詰め将棋が得意な方は、ぜひチャレンジしてみてはいかがだろうか?
ただし、この詰め将棋は単に解くのに難解なだけでなく、いろいろと謎を秘めているという。つまり多くの詰めキスト(詰め将棋マニア)がこれまでにも挑んだが、解けなかったというのである。
「1.図の誤り 2.宗歩の見落とし 3.意識的な逃れ図式 4.実際は詰むが宗歩ほどの棋力がないため詰まない 5.完成した詰め将棋ではない」の5つが、解けない理由として考えられるという。
チャレンジ精神旺盛な方は、ぜひ天野宗歩の詰め将棋の謎に挑んで、答えがわかったら私に知らせていただきたいものである。
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細かい部分を除き、同系列の駒字と思われる。
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| 同じものといってもいいぐらい似通っている。 |
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左の桂が、やや左に傾いている。
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| 微妙な違いを除けばほとんど同じ。 |
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| 大きさも含めてところどころ違っている。 |
左の上から「玉・銀・桂・成桂・歩」が「宗歩好」で、右の上から「玉・銀・桂・成桂・歩」が「安清」だ。
それぞれの駒字で、見比べるのに適切と思われる箇所に赤丸「○」をしてあるから、参考にしていただきたい。
ちなみに、「宗歩好」(第191作)は上の詰め将棋と同じ駒で、「安清」のほうはふだん私が使っている「龍山安清」(第195作)だ。
ここですべての駒を取り上げるわけにもいかないので駒数は絞ってあるが、「宗歩好」と「安清」が同系列の書体であることは、左の駒を見るだけでもわかっていただけるはずである。
ここに取り上げなかったものでも、「と金」「成香」は、ほとんど2つの書体とも同じに見える。ただし、この「安清」では、「飛車、龍王、龍馬」などの大駒が異なって見えるが、龍山のものでない「安清」では、これらの駒字もかなり似通っているものもある。
まず「玉将」から解説していく。赤丸の「将」の字の最後のハネが全然違う処理だが、この場合は「安清」のほうのクルっと回っているほうが、どちらかというと例外である。
次に「銀将」は、駒字の大きさを無視すれば、ほとんど同じといってもよいくらいだ。「安清」のほうが、柔らかみがありそうな感じには見える。
「桂馬」は「馬」の傾きぐあいに違いが表れているが、「桂」の字の最後の画が右下がりなのはまったく同じである。これは、江戸時代から伝わる書体に、よく見られる特徴のひとつでもある。
「成桂」では、あまりにも微妙な違いで、2つの駒がまざってしまうとわからなくなりそうである(笑い)。もっともこの2つは、駒木地がまったく異なっているからすぐにわかるが。
最後の「歩兵」は、かなり違いが目立つ。特に「歩」の3画目の入り(赤丸)を、「宗歩好」で約しているのは、この書体独自の持ち味かもしれない。「兵」の字の3画目(赤丸)を伸ばさずに止めるところも意外と珍しい処理といえよう。
時には駒字(書体)をこのように分解してみることも、その書体を理解するのに役立つことを知っていただきたいから、ひとつの例として掲載してみた。