左写真の『関根名人記念館』入り口に掲げられた大きな看板は、2004年7月11日に亡くなられた原田泰夫九段の書である。かつて日本将棋連盟の会長を務めたのをはじめ、将棋界のために尽くされた原田九段は、名筆としてもよく知られていた。ご病気をおして書かれたその書は、原田九段の将棋界に対する熱き思いが汲み取れてくる。
駒形に納まった関根名人の写真が表紙に使われているのが、この記念館のパンフレットである。無償なので、来館の際にはぜひゲットをおすすめする。
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| 館内に入ると、関根対阪田の歴史的対局写真がまず目に飛び込む。立会人は小野五平十二世名人だ。 |
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裏側は将棋書籍を手に取れる。
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ショーケース内に資料が居並ぶ。
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関根が使っていたとされる駒。
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黒柿製の駒。書体は不明。
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隣にある本格的な対局場。
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パソコンで将棋も楽しめる。
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館内には、数々の関根名人の資料が並べられている。愛蔵の盤や駒をはじめ、関根の書が収めれた掛け軸や額、写真や新聞などの資料、また珍しいものとしては関根自身がしたためた免状などもある。
所収されたものの中で、関根から免状をいただいた方の駒はとくに貴重な逸品だ。詳細は、別項「駒関連資料館・牛谷造」をご覧いただきたい。
また、対局場が隣に設置され、実際に将棋を楽しむことができる。土日は終日たくさんの人でにぎわうというから、、来場者のみならず地元の方々にとってもありがたいことだろう。また、対局用の駒もプラスチック製だけでなく、機械彫りとはいえ黄楊製で、書体もかなりの数の「関根名人書」が用意されているのは、うれしい限りだ。担当者のこだわりがそこかしこに垣間見え、このような箱モノ行政なら市民にとっても有益な気がした。
額に収められた「千変万化」は、関根らしい書だ。一局の将棋、一人の人生、まさに千変万化であろう。そんな関根だからこそ、世襲名人に固執せず、将棋界のために実力制名人に移行できたのかもしれない。
「神技」としたためられた榧盤。事実ははっきりしないが、歴史的対局の関根対阪田戦がこの盤で行われたのではと思いを馳せるだけで、将棋ファンにはたまらないひと時だ。
また、「記念館」の中だけでなく、3階の「せきやど図書館」には、江戸時代から現代までの将棋の本が2400冊も所蔵されている。一部の貴重な棋書を除いて、閲覧することもできる。これらの書籍の大半は、『将棋世界』の元編集長であり、観戦記者・将棋史研究家であった今は亡き清水孝晏氏の遺族の寄贈によるものである。本がお好きな方は、故人を偲びつつ閲覧したいものである。
静かに参詣

『関根名人記念館』のすぐそばに、関根名人の生家と「関根金次郎之墓・記念碑」がある。せっかくここまで来たならば、足を延ばしてみたいスポットだ。
生家には、1942年に東宝珠花区から贈られた銅像(下左写真)が庭に建っている。また、関根名人のお墓には、立派な駒形の記念碑(上写真・1925年建立)があり、両脇には関根が建てた棋友の墓もある。関根自身の墓(下中写真)はその碑の左手間に位置している。
生家は今も生活の場であり、墓地は個人を偲ぶ場所だから、往時に思いをめぐらせ静かに参詣したいものだ。
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関根名人の銅像。
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関根名人の墓。
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記念碑の道標。
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