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6.棋友が歳月を重ね使いつづける
対局や執筆にも役立った夫婦駒 |
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今なお息づいている駒たち
後述するように棋書や観戦記者でおなじみの湯川博士・恵子ご夫妻は、私(酔棋)の古くからの棋友である。 |
◆湯川ご夫妻の仕事フィールド
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| 盤駒を脇に置き、ただいま執筆中の博士さん。 |
博士さんの将棋関係の仕事の変遷は、かつての将棋雑誌『竅x(このとき私も少しご一緒した)を皮切りに、『将棋ジャーナル』の編集長を務め、その後「将棋ペン倶楽部」の代表幹事としても活躍し、その間に、以下のように多くの棋書も発刊している。
最初に執筆した『ここで将棋に会いました』(情報センター)をはじめとし、 『奇襲大全』(週刊将棋)、『奇襲!!将棋ウォーズ』(屋敷伸之監修/高橋書店)などの単行本の他に、エッセイや観戦記も手がけている。
ことに『奇襲!!将棋ウォーズ』は、かなり以前になるが私が編集したもので、この本を前にすると、そのときの博士さんの独特の生原稿の字(当時はワープロやパソコンで書いていなかった)が、ふと甦ってくる。
博士さんは実に行動的な方で、将棋の他にもいろいろと多彩である。私の知るかぎりでは、詩吟、カヌーにも凝っていた時期もあった。また、チェス(『チェックメイト』発行人)や紙芝居(蛙の会)でも活躍。現在では、落語にかなりのめり込んでいるようだ。
その落語は「仏家シャベル」という芸名も持ち、素人はだしというより定期的に高座にも出演し、社会人落語家といえるだろう。ちなみに、その芸名は「ほっときゃしゃべる」というところから名づけられたという。博士さんをよく知る方には、納得のいく芸名といえるかもしれない。
奥さんは元女流アマ名人
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| 湯川博士著 『奇襲!!ウォーズ』 (屋敷伸之監修) |
湯川恵子著 『定跡破り!!勝つ将棋』 (塚田泰明監修) |
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| パソコンで執筆中の恵子さん。 |
上写真の書籍が、かつて私が編集したいずれも高橋書店刊の湯川ご夫妻の著書だ。プロ棋士が監修で、ライターが著者というスタイルの先鞭をつけたシリーズでもある。もう10年以上前になるから、現在ではいずれも廃刊となっている。
『定跡破り!!勝つ将棋』は、恵子さんにとって初めての著書であったので、その本のカバーに使用した先の「玉舟」を、記念に差し上げたのである。
恵子さんは先述したように、1976年に女流アマ名人を獲得して以来、通算5回もその栄冠に輝いている。指し盛りのころの恵子さんの将棋は、女流真剣師ばりの迫力があった。もっとも今もそうなのかもしれないが、ここ数年は私も指してはいないので、当時の感想にしかすぎないが……。
アマの指し将棋で活躍したのち、エッセイや観戦記をおもに執筆し、さらに将棋界のみならず、囲碁界にも執筆のフィールドを広げて、そちらの観戦記なども担当している。2006年3月には、『囲碁・将棋100の金言』(蝶谷初男氏と共著、祥伝社新書)を出版。
同じく「あの駒は今」の別項「5.誌上対局での勝利の陰に」でも、恵子さんの書いた『週刊ポスト』誌上の観戦記を少し紹介しているので、ご覧いただきたい。この雑誌の観戦記は20年ほど続いたが、惜しむらくは2005年6月にこのページは終了してしまった。
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【新刊のお知らせ】
湯川博士さんが、2006年5月に新刊を出した。江戸期の将棋五世名人・伊藤宗印についての時代小説(左写真)である。 「数年前、江戸時代の天才兄弟棋士の伝記を書いてみないかというお誘いをいただいた。さっそく調べてみたが、兄弟を産み育てた父親の資料がない。その父親である二代・伊藤宗印に興味を持ち調べていくうちに、この人を書こうという気持ちになった。以来数年にわたって調べを進め、同時代の事件などを絡ませた物語を紡いでいった」
2006年5月上旬に、上記の文庫本の出版記念会が東京の将棋連盟で行われた。 大勢の来場者も訪れ、少し将棋を行ったあとに懇親会が催された。 その会場に私も駆けつけ、そのときの模様をカメラに収めた。 |